高学年は忙しい。学校行事に準備や、委員会活動の話し合いがある。授業の準備もあれば、終わっていない課題を片付けるときもある。
そうこうしていると図書館などに行く時間はどんどん削られる。そして、図書館など行かない子どもたちが続出する。
学校や学級によっては、外遊びばかり奨励するところもあり、子どもたちは図書館に行く機会を失っていく。(これは教師の責任である。「子ども=外遊び」というステレオタイプで見すぎている。)
中には読書好きの子どもたちもいる。そして、高学年だからこそ本が好きになる可能性も高くなることもある。
私は朝、子どもたちを連れて行っていた。
朝の会が始まるのが8時30分だとすると、子どもたちの大半は8時20分には教室に来ている。
そこで、この8時20分に子どもたちを図書館へ連れていく。希望者だけである。
(初回は、全体の指導もあるので、授業時間に連れていき、貸し出しまで行う。)
1回目の指導の翌日には、すでに読み終わっている子どもたちもいるので、借り直したい子どもだけを連れていくのである。
高学年なら借り慣れているし、人数も全員でないのならあっという間に借り換えできる。朝の会前に教室に戻ってくることができる。
慣れてきたら、朝の会の途中で行く。
学級では健康観察以外はほとんど読書だったので、この場合でも借り換えたい子どもだけを連れていく。まだ持っている本を読み終わっていない子どもは、そのまま読書タイムとなる。
これを毎日続けていた。こうすると、子どもたちの手元には常に読める本があることになる。だから、何か時間ができたときには読書をしておくように、というのが暗黙の了解となり、子どもたちはそれぞれが本を読み始める。
当然のことながら、読む冊数はどんどん増えていく。全員が同じペースにはならないが、学級全体としての貸し出し総数は増え続ける。
毎学期、毎年、いや月ごとの集計でも、いつでも自分の学級が1位をキープする。
ある年は、別の学年3学級全部の貸し出し総数よりも、自分の学級1学級の方が読んだ量が多いことがあった。
読みなれてきた子どもの中には、家庭で保護者にお願いし本屋で好きな本を買ってもらったり、市民図書館に連れて行ってもらって大量に借りるというようなことをする子どもも出てきた。
本との出会いの機会を作るのが教師の仕事だと考えている。(参照「偶然の出会いを待つ」)
読書指導ラインナップ
本好きにするための指導群
01 図書館は宝の山
02 偶然の出会いを待つために
03 初日の指導は図書館探検
04 図書館利用マナーを教える
05 高学年でも貸し出しは増える
06 読書感想文は書かせない
07 読書量の目安はどのくらい?
08 学級文庫は必要か?
09 読解力と読書は直近では無関係
10 国語教育と読書は別物として考える
11 子どもの目の動きを読む
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