第3章2節 学級ネットワークで最も強い存在 の続き
「初期化」だからこそ教師がリードできる
学級編成によって、これまでのネットワークが切れてしまった子どもたちは、新しいネットワークを形成しようとする。
そのために、懸命に情報収集を行っていく。
それが「黄金の三日間」における子どもたちの心理状態である。
(おそらく、子ども自身は自覚していないが、そういう状態にある。)
誰もかれもが新しい環境に置かれているために、不安定になっている。そうした中で最も安定した存在に見えるのが「教師」である。
目の前にいる同年代の友だちばかりがいる中で、教師は唯一の大人である。学校のことや、これから何をすべきも、一番知っているように見えるだろう。
子どもにしてみれば、まずは教師の話に従っておくのが一番、安全で安心に思える。
だから、この時期の子どもたちは教師の指示を聞くのである。いや、正確に言えば積極的に聞こうとしているといってもいい。
教師がこの時期を逃してはいけない理由がある。
ネットワークの関係が初期化の状態となっており、当面の間どのように行動していいのか分からない状態の中では、先行された情報が優先される。
すなわち、ある決定事項が出されると、それを聞いた構成メンバーは、ネットワークを形成するためにその決定事項を優先しようとする。
人間関係にかんする決定事項がたびたび変更すると不安定になるので、まずはデフォルトを決めてしまおうとする。
つまり、教師が「こうしよう」と提案することの大半は、それに決まってしまうことが多いということである。
それが構成メンバー(つまり子どもたち)にとっても不利益と見えなければ、「まずはそれで進めていこう」という合意が形成される。
(明日から、漢字練習の宿題が毎日2時間と言えば、いくら教師の話と言えども反発があるだろう。)
教師がさまざまな提案を行い、それに子どもたちが合意していけば、学級の基本的なルールの枠組みは整っていく。
しかし、全てのルールを、速く決めるわけにはいかない。授業の進め方など細かいものや、席替えなど後になって行うようなもののルールを年度当初から説明するわけにもいかない。
この時期に、最も重要なルールは、最終判断は教師がする、というルールである。
どのようなルールも、この原則に則っていることを確認しておく。子どもたちに任せるときも、「任せる」ことを決めるのは教師であり、また任せたことによって誰かが不利益を被るようであれば教師の権限で撤回できることも確認しておく。
(実際に撤回するようなことは、ほとんどないが。)
厳しく言い渡す必要はない。
何か新しいことを決めるときに(席替えでも、係活動でも、なんでもいい。)決め方を子どもたちに提案して、意見を聞くこともあるだろうが、その時に「最後に決めるのはせんせいだからね。」と念を押しておくだけでいいのだ。
だから、何を決めるにしても教師が「よし、これで行きましょう」と言わない限りは最終決定にならないということにしておけばいいのである。
これはネットワーク理論とは反するような、中央集権的な発想に見えるかもしれない。
しかし、学級がネットワークである以上は、子どもどうしのさまざまなやり取りが今後生じてくる。
全てを子どもたちの意見で決めていくのはある意味理想ではあるが、この先どのような力関係が生じるか分からない。
弱い立場に置かれる子どもたちが生まれたり、その結果不利益を被るような状況をさけるためには、「安全装置」も必要なのである。
教師の強権発動はない方がいい。ないようにしていくべきであろう。しかし、いざという時の対応を考えておくのも大切である。
ここが安定していれば、そのほかのルールは、多少の時間差が生じてもある程度は機能するだろう。
反対に言えば、すでに何らかの活動が行われていることについて、後になってルールを付加するのはむずかしいということである。
例えば、朝のあいさつは初日から行うだろう。そして、次の日もその次の日も、あいさつは行う。
毎日やっている、というだけで、その方法が既成事実がルールとして作用し始める。
習慣=ルールである。
こうなると、後から新しいルールを機能させるのが難しい。途中から「あいさつの方法を変更します。」といっても、その時には「変更が必要な根拠」を説明しなければならなくなる。
日々、どのように生活していくかというルールを先行して決めていけば、およそ生活は安定してくるだろう。
その中で、学習などのルールを決めていくことという流れになるだろう。
第3章4節 「指導できることはネットワークのクオリティ」 へ続く
本編 「21世紀型学級経営 学級ネットワーク論」