行事が終わった後などに、一息ついたらふとこう思うことがある。
「もう少しがんばれたら、もっといい結果が出たのではないだろうか。」
取り組んでいる最中は、これが精いっぱいだと思って取り組んでいる。今の現状でベストの取り組みをしているのだと思って子どもたちと接している。
しかし、終わってしまうと、なんだかまだ余裕があったような気になってくる。
結論を言えば、それが教師としての成長なのだと思っている。
教師も日々の指導の中で、どうすればいいかをあれこれ考える。大きな指導の枠組みから、小さな指導の技術まで、どうにかならないかと頭をフル回転させているはずである。
だから、本気で取り組んだら教師も、指導力が伸びているはずだ。
その伸びた指導力を持って、振り返ってみると、何もできていなかったような自分が見えるのだろうと思う。
だから「もう少しがんばれたのではないか」と思える形で、行事を終えるのはきっといいことなのだ。
また、そう思えることは教師として、子どもの前に立つ気概を捨てていないことだと思っている。
まだまだ自分の指導力も上がるはずだという確信があるから、悔しいのだ。
まだまだやれると思える教師は、次の機会をさらに発展の場とするだろう。
子どもだけでなく、教師の実力と気概が高まるのなら、それはいい経験になったという大切な指標なのだと思っている。
いつまでも考えて行動しよう。目の前の子どもと共に成長できるはずだ。