教師1.0が後ろからブレーキをかける
「さあ、新しい働き方を目指して挑戦していこう。」
と決意を新たにして、自分の仕事を見直そうと思う。
しかし、これまでも述べてきたように、制度、文化、習慣、あらゆるところで働き方改革を進めにくくしている要素はたくさんある。
はっきり言えば、教師の中にも「特別に働き方改革を進めなくても、今のままで十分」という人は実際にいる。
もちろん、給料が上がったり、超勤が減ったりすることは、基本的には賛成だろう。意識の上では、働き方改革に賛成である。
それでも、特に自分のライフスタイルを変えようとは思っていない。
むしろ、今の仕事のあり方に手ごたえを感じ、日々満足をしていると思っている教師は、心の中では「働き方改革などしなくていい」と思っているかもしれない。
「教師1.0」とは私が名付けた、教師モデルの第一段階を指す。
(参照 「未来志向の新しい教師」)
常に子どもと共にあり、できる限りの時間とエネルギーを子どもに向けようとする、教師像の原型のような段階である。
そうした「教師1.0」のあり方は、今なお色あせてはいない。
しかし、優れた教育技術を身につけてよりよく改善していこうとか、ICTを含めた新しい時代の流れに乗っていこうというような意識には比較的関心が低い。
一見誠実に見えるし、その姿勢はもちろん大切であるが、効率的に進めようととか、時代の流れを見ようというようなことをどこかで否定しているために、よくよく話していくと仕事のあり方にずれが生じる。
そういう教師から見たら、なんだか冷めた目で子どもを見ていて、仕事への熱も感じないような印象に見える。
そうした教師の中には、いろいろと理由はつけるのだけれど、要するに「特に新しいことを始める必要性を感じないのですけどねえ。」と意見する人も出てくる。
反対に、働き方改革を進めようとする教師からすれば、「自分は子どもに冷たい教師と思われていないだろうか。」と引け目を感じる。
相手が先輩の教師だったりすると、なおさら意見が言いにくい。同僚と喧嘩をするために働き方改革を進めるわけではないから、つい周りの空気に同調してしまう。
時には、古い考えのままの人が学年主任をやっていたりすると、何から何まで古い体制のままで進めようとしたり、それを学年に強制しようとしたりする。
働き方改革などに関心のない管理職であれば、もはや学校の中に仕組みも雰囲気もないかもしれない。
正面切って働き方改革に批判をする人は少ないだろう。
しかし、いざ進めようとすると、どこからともなくブレーキがかかる。
いかなる時代も変わり目は、大きな抵抗にあう。
その抵抗ははっきりとわかるものだけでなく、ぼんやりと姿を見せずに現れてくることもある。いやむしろその方が多いかもしれない。
だから、前に進もうと思えば、勇気も必要なのである。